ブログ 鎌倉十橋
 
    
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鎌倉を流れる川に架かる橋で特に謂れや伝説の残る橋を鎌倉十橋と言います!
江戸時代に観光地として賑わった鎌倉・・・その流れで鎌倉名数の一つとして制定されたようです!
現在は当時の面影を残した橋はなく、暗渠と化しているかコンクリート製の味気ない物になってしまっています・・・寂しい事です・・・

自分の好きな橋のひとつに、鎌倉十橋には選ばれてませんが東勝寺橋という小町大路から東勝寺跡へ向かう道の途中にある橋があります・・・上のタイトル画像はひとつ上流側にある宝戒寺橋から撮ったそれです!
アーチの曲線に川面で反射する光が映りとても綺麗ですね・・・
橋の下で写っているのは川床調査をしていた暇な友人です(笑)

橋の袂には東勝寺ひぐらし公園なる物があります・・・自分の部屋くらいの極小なスペースですが、木に囲まれて川の流れに耳を傾けていると癒されます。

この橋には青砥藤綱の銭拾い伝説なる物があります・・・昔は教科書にも載っていた話らしいのでご存知の方も多いと思います・・・橋の袂に青砥藤綱舊蹟の石碑があります!・・・内容は、

太平記に拠よれば藤綱は北条時宗貞時の二代に仕へて引付衆に列りし人なるが、嘗て夜に入り出仕の際、誤って銭十文を滑川に堕し、五十文の続松を購ひ水中を照らして銭を捜し、竟に之を得たり、時に人々小利大損哉と之を嘲る、藤綱は十文は小なりと雖、之を失へば天下の貨を損ぜん、五十文は我に損なりと雖、亦人に益す旨を訓せしといふ、即ち其の物語は此辺に於て演ぜられしものならんと伝へらる

滑川に落とした十文を探すのに五十文の松明を買った藤綱は、周りから勘定知らずだと笑われたが、

『川底に落とした十文は少額とはいえ放置すれば天下の損になるが、松明で使った五十文は商売での利益を生む!』


と、諭したんですね・・・御恩と奉公の時代に何て資本主義に繋がる考え方なんでしょうか!

藤綱の邸宅はもっと上流にあったようですが、現在その辺りには青砥藤綱邸舊蹟の石碑が建つのみです!

川底に落としたお金・・・いくらだったら拾いますか? 
    
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